40台体罰野球部顧問 体罰がバレてクビになってホッとした。
私は40歳の会社員です。小さな頃から野球が好きで、5歳から大学卒業まで、野球漬けの生活をしていました。どんなに辛い練習も、野球が好きな気持ちが強く、上手くなるためならと頑張ってきた私ですが、高校の時の顧問の先生には我慢ができませんでした。何度も辞めようと思いました。野球のことなら、我慢できるのですが、人間性を否定したり、顧問が野球とは関係ない所で、部員をいじめて楽しんでいることには、我慢できませんでした。20年以上前のことですから、暴力や暴言は当たり前でしたので、かなり酷いことをやられていました。ただ、野球の指導は上手く、結果も出ていたため、校長先生の評価が高く、私たちは3年間我慢するしかありませんでした。しかし、私が3年生の時に事態は一変しました。1年生に入部してきた生徒がいましたが、不器用で、どうしてこんな強い学校に入学してきたのだろうと不思議でした。当然、顧問の標的になりました。怒鳴られ、殴られ、いじめらました。私たちは庇うことができませんでしたので、顧問が居ないところで、心配して声をかけてやりました。「悪いことは言わないから、辞めた方が良い」と説得しましたが、後輩は頑張りますとしか言いませんでした。その後も、顧問は後輩をいたぶり続け、野球も全くさせてもらえないと状況が続きました。そんなある日、学校に行くと、野球部は全員体育館に集まるように放送が流れました。一時間目が始まる直前だったので、異常な雰囲気でした。体育館に集まると顧問の姿はなく、別の部の先生が、顧問による暴力やいじめについて個別に聞き取りをするので、呼ばれたら教室に来るように言われました。聞き取りが終わると、校長先生から顧問による暴力やいじめの報告があり、結論が出るまでは部活停止にするとの宣告があり、解散となりました。しばらくして顧問は自主退職し、別の先生が顧問になり、野球部は練習を再開しました。心配していた夏の大会にも無事に参加することができました。後に分かったのですが、いじめられていた後輩の父親が県の教育委員会に勤務していたそうです。傷だらけで帰ってくる息子を不審に思い、事情を問い詰めると、顧問による悪行が発覚したそうです。すぐさま教育委員会が動き、処分に至り、校長先生も庇いきれないと思い、あっさり顧問を切ったようです。その後私の周りに顧問を見た人はいません。噂によると、家族で県外に引っ越し、建設現場で働いているそうです。